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  シルクロードと帯の歴史

Sayuri's Silk Road

シルクロードについて

  シルクロードの歴史は古く、古代ローマ期にさかのぼります。ローマ人たちは、中国から輸入される絹を非常に好みました。当時のある皇帝は、それをあまりに珍重するがため、一般の人々が絹をまとうことを禁じたほどです。

 

 中国では、シルク産業は一種の国家機密でした。絹、とりわけ秘蔵の蚕を、政府の承認なしに国外へ持ち出すことは重大な犯罪でした。この事実が、当時、シルクロードを通じて全世界を中国へと向かわせたのです。
   シルク製品は、ひとつのキャラバン隊によって数日はこばれ、つぎの隊に引き継がれました。その道はアジアから南ロシア、インド、ペルシャ、トルコ、そしてローマへと続きました。その道すがら、多くの新しいアイディアや発明、はては宗教といったものが、絹とともに取引されていきました。かのイスラム教の教祖モハメッドも、シルクロードを渡るキャラバン隊のリーダーでした。

  また、絹そのものばかりでなく、織り方や柄といったものも、シルクロードを通じて伝えられていきました。それゆえ今日、日本の伝統柄に、シルクロードの西の果て、ペルシャの文様をみることができるのです。

 

ジパングについて      

 イタリアの商人マルコポーロは、13世紀になって、東洋からもどると、当時ヨーロッパの人々が誰一人知ることのなかったエキゾチックな島、シルクロードのかなたにある黄金の国「ジパング」のことを本に著しました。当時、多くの人はその存在を疑いましたが、今日、それは日本であると言われています。

帯について 

 中国の絹織物が5世紀に日本に伝わって以来、15世紀の室町時代頃までは、日本の着物は小袖とよばれる、簡素で機能性を重視したものでした。小袖には6cmほどの幅のせまい帯が用いられていましたが、17世紀、戦乱の世が終わって江戸時代に入ると、着物はさらに装飾性の高いものへと変化していきました。

 とりわけ帯は、もやは着物の一部にはとどまらず、それ自体がひとつの芸術とよばれるほどに変化してきました。この時代、帯はますますその幅と長さを増し、幅約34cmにまで至りました。柄も織り方も、さらに手のこんだ装飾性の高いものとなり、手描きで染め上げられた着物とともに、若い娘や歌舞伎役者、芸者といった人々の装飾品になったのです。

 今日、帯は、着物にまつわる品々のなかでもっとも装飾性が高く、値段のはるものになっています。その織り方や柄は無数にあり、また結び方は、着る人の年齢や用途、季節などによってさまざまです。帯はうたがいもなく、日本の国の宝といえましょう。